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躁鬱病(BPⅡ)トウビョウブログ
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 老舗のコーヒー屋の濃厚なカレーを食べながら、彼は「”頑張り屋さん”なんだよ」と言った。頑張り過ぎたから病気になったんだ。その類の言葉に常に含まれる無知と侮蔑の割合を、わたしは推し量ろうとする。頑張り屋だと言われて、喜ぶような人間だとでも思われているのだろうか。ブレンドを飲み終えて店を出ると、雨脚は強まっていた。
 一人で潰れかけの映画館に入った。2本立て、1500円。先に一人の客が2人いた。付かず離れずの距離に、たった3人の観客が座っている。面白可笑しく創られた映画は、格別面白いはずがない。一番後ろのわたしは時々、わざとくっすり笑ってみたが、誰も続いてはくれなかった。1本目のエンドロールが終わる前に、2人が席を立った。最後の最後に流れたオマケみたいなふざけたコマを、わたしは望みもしないのに独り占めした。
 場内が明るくなり、トイレに立ったら、無性に帰りたくなった。近くに風俗店の並ぶ場末の映画館は、重ねた歴史の分だけ、すえた人間の臭いが染み付いている。
 <<わたしたちはよごれている>>。最近読んだ短編小説のフレーズが浮かぶ。
 ここに一人でいると、わたし一人の欠落が浮き立つような気にさせられる。噛み合わせのよくない重いドアを押し、出口に向かった。受け付けの男の子が「2本目、観ないんですか」と聞く。「ごめんなさい」と答え階段を下ると、表の雨はまだ降り続いていた。
 歩を進めるたびに、真っ白なスニーカーの先から雨が染み込んでくる。銀杏並木に差し掛かると、落とし物を探すような格好で腰をかがめている中年の男女の一群が見えた。近付くと、熟れて転がったぎんなんを拾っているのだと分かった。
 そのひとたちの正当な営みを、わたしは、憎んだ。
 まだきれいな実を選び、わざと踏み付けながら歩いた。雨のかおりに混じり、生のぎんなん特有のくさみが漂ってくる。だれかが吐き捨てたガムを踏んでしまったときのような必死さで、ラバーソールを路上の水たまりに何度も何度もこすり付けた。
 あと少しで家というところで、突風が吹き、ビニール傘が反転した。一瞬で、修復不可能なほど骨が折れ曲がった。だらんとぶら下がった傘の残骸で雨をしのぎ、わたしは歩き続けた。傘を壊し、似た別の傘を買う。壊れやすいということは、はなから知っている。そんなことを、わたしたちは一生のうちに何度くり返せば気が済むのか。
 家に帰り着くと、バスタブにジェルを入れてお湯を張った。あらゆることを元通りにする魔法がお風呂にはある。なぜか昔から持っている幻想を、今日も抱いてお湯に浸かる。1時間後の世界に、わたしが託す一番の希望はなんだろう。考えているうちに、すっかりのぼせて戻った部屋は、1時間前と何一つ変わっているようには見えない。1日中ベッドの端に置きっぱなしだった携帯電話には、不在着信も新着メールもなかった。
 ベッドに腰を下ろし、薬局の袋を一つひとつ開いていく。それが何錠あっても何包あってもいっぺんに飲み込んでしまう、プロの患者のようなやり方を、わたしは好かない。1、2、3、4、5。厳かな儀式でも執り行うように、今夜も一粒一粒確かめながら薬を喉に通し、眠りがやって来るのを待つ。
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