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躁鬱病(BPⅡ)トウビョウブログ
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 大江健三郎の「新しい人よ眼ざめよ」(講談社文庫)に、主人公で作家の「僕」が、障害のある中学生の長男「イーヨー」とプール通いをするエピソードが出てくる。体育教師から「水に浮こうとする意志が欠けている、本能的に水に浮こうとする肉体の意志すらもない様子」だと言われたのがきっかけだった。
 「僕」はバタ足を教えようとする。しかし、実際に一緒に水に入ってみると、息子の身体は「しだいに深みへ下降する」。だが、彼が溺れることはなかった。なぜなら「じつに自然に床に足を立てている」からだった!!週2度かそれ以上、通い続けても同じだった。「僕」は「このような態度こそが、水のなかで人間のとるべき自然なかたちではないか」とさえ感じ始めていた。
 ところが、そんな矢先、事件は起きる。水深が15メートルもある潜水訓練用の水槽で、イーヨーが溺れてしまうのだ。父親である「僕」はしかし、その様子を見ながら、ウィリアム・ブレイクの詩句を反芻することしかできなかった。<<落ちる、落ちる、無限空間を、叫び声をあげ、怒り、絶望しながら>>。イーヨーを助け上げ、水を吐かせたのは、「僕」がかねて嫌悪していた、顔見知りの逞しい男性だった。
 帰り道、塞ぎ込む「僕」はイーヨーに「まだ苦しいの?」と尋ねる。すると、彼はきっぱり答える。「いいえ、すっかりなおりました!」「僕は沈みました。これからは泳ぐことにしよう。僕はもう泳ごうと思います!」

 入院中に再読したとき、わたしはイーヨーの言葉をノートに書き出し、何度も読んだ。僕は沈みました、これからは泳ぐことにしよう、僕はもう泳ごうと思います……
 大江はもう何年も、この障害のある息子のために、世の中の「定義集」を書き遺そうとしている。対象は死だったり、そのはずが足になったりする。だが、わたしたち子どもはたぶん、溺れることでしか溺れ方を知ることはできない。そしておそらく、溺れることによってしか、泳ぎ方を覚えることはできない。
 わたしも沈んだ。だからもう、これからは泳ぐことにしよう。無限空間を落ちてしまったひとたちといっしょに、一斉に浮上を果たし、同心円を描くように水面を揺らすシーンを、わたしは繰り返し夢想する。
 明日も会社に行く。
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