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躁鬱病(BPⅡ)トウビョウブログ
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 3回忌になる2006年7月26日に出版された中島らもの「君はフィクション」(集英社)を読了し、らもってやっぱり奇才だったんだなあと、改めて感じ入った。中島らもも躁鬱病で、そしてその父親も躁鬱病だったと、彼自身がエッセーで書いていた。
 表題作は多重人格の女性の話だ。主人公は双子の姉の方と付き合っている作家である。作家はある日、妹の方とも関係を持った。2人の性格は正反対で、姉はお淑やかで妹は奔放……と思っていたら、最後の最後になって、実は双子の姉妹ではなく、二つの人格を持ったひとりの女性だということが分かる。作家が「なぜこういう遊びを続けてるの」と尋ねると、「彼女」はこう答える。「それは人生が二倍楽しめるからよ」
 後書きで、娘さんの中島さなえさんが、この作品に触れ「『君はフィクション』を読んで父の躁うつ病のことを思い出さずにはいられなかった」と回想している。「父が長年にわたって患っていたその病はこんなにさっぱりとしたものではなかったけれど、その二面性はまるで双子の作家が心の奥底に潜んでいるかのようなイメージを抱かせる」と。
 鬱と躁と、人生を二倍楽しめる--。そんなふうに割り切れたなら、どんなにいいだろう。しかし、中島らもが酒やクスリに溺れていたという事実を前にするとき、底抜けにお気楽で前向きだったという彼の、泥臭い葛藤が仄見えるような気がしてくる。娘さんの記した後書きは「父のフィクション」と名付けてある。中島らもは「階段からすっころんで」死ぬことで、彼一流のフィクションを貫徹して人生を閉じた。

 酒を煽ることもできず、ましてやクスリをやる勇気など持ち合わせていないわたしは、処方薬を飲み下し、睡眠に一喜一憂し、少しのことで激高したり沈んだりしている。自らの病気を昇華し、フィクションを構築できないわたしのノンフィクションな日常は、果てしなく退屈な平凡の繰り返しでしかなく、それにしては平凡と平穏の割合が不均衡だ。
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